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tha BOSS 


Interview by 平井有太(マン) Photo by cherry chill will , Susie

THA BLUE HERBのフロントマン、ILL-BOSSTINO=tha BOSSがソロを出す。
 前回のインタビューは、三宅洋平氏が出馬した2013年参院選の投票日当日。最後に会ったのは、これはまったく予想外に、愛知県豊田市で開催されるフェス「橋の下音楽祭」にて。そして今回は9月15日、「明日には安保法案強行採決か」という(結果、採決は19日未明)、その最中。
 「橋の下」については、曰く「去年は出演して、今年は遊びに行って、オレ、ウッドストック知らないけど『これ知ってたら大丈夫だ』って思えるくらい」。「あれは、カルチャーショックだった」と、ジャンルを超え、強い表現から受けた衝動を真っ直ぐ受け止める、BOSS氏。
 その上で、これまでも、これからも、嫌というほど向き合っていくヒップホップに捧げた、初めてのソロ作品。
 アルバム・タイトル誕生の裏にあった邂逅、うねり続ける世の中で言葉を紡ぎ続ける行為について、聞いた。

●ソロのアイディアは、いつから?

BOSS(以下、B): 前作『TOTAL』をつくり終わった直後だね。

●できあがったものに『TOTAL』とつけるくらいのものを完成させてから。

B:オレとO.N.Oという、1対1でつくるヒップホップとしては、かなり表現を極めちゃったんで。あの70何分かに込められてる、1秒ずつの緻密さ、精密さというものに対してパーフェクトなところまでいって、「次また5枚目のアルバムか」って、とても言えないくらいのでかい山を登って、降りてきたので。
 ヒップホップって、「色んな人のビートでライブをする」っていうのも楽しみの一つで、プロダクションではオレとO.N.Oだけだけど、ライブは割と、自分の好きなインストとかを使ってやってきた。そういう意味でも、「日本のビートメイカーと『illmatic』みたいなアルバムをつくってみたい」、そういう夢はあって。

●頭にあったのは『illmatic』なんですね。

B:間違いない。『illmatic』は自分の中に永遠にあるね。

●ソロでやることに対して、O.N.Oさんは?

B:オレからは「ソロをやり遂げたら、またO.N.Oのトラックに戻ってくるよ」、「OK、それまで磨いておくよ」くらいの一言、二言のメールのやりとりだったと思う。

●短いですね。

B:もう20年以上だからね。本人も絶対、「いつかやるだろうな」と思ってたと思うし。

●今回のソロ、または今までのアルバムも含め、時代の流れをどこまで見ながら、つくっているんでしょう?

B:『TOTAL』は思いっきりそうだった。今回に関しては、(安保法案や国会前のデモのタイミングは)はっきり言わせてもらえれば「アルバム完成に合わせて向こうからやってきた」って感じだよね。でも正直、今回のアルバムは、つくってる時の段階では、世の流れはそんなに意識していなかった。とはいえ自分の思想、立場ってものが明確になりやすい時代だし、311直後の『TOTAL』はそれが最も際立っていた。あの頃、感情的にほぼみんながある方向に揺れる時期というか。でもあれから時間が経って、向こう側への揺り戻しもたくさんあって。

●結果、政権をとってるのが安倍首相です。

B:気付けばオレらがとった立場が少数派になっちゃって。でもそういう立場を、今回も曲の中では明確にしているし、実際『TOTAL』の時、自分の立場が少数派だとは思ってなかったのね。
 そこで、今まさに少数派と言われているやつらが、自分たちの声を届けるために頑張って色々やっているというのは、「リンクしてるな」とは思う。狙ってたわけじゃないけどね。

●そこに、「ここからだと 煽っていくのがラッパーっしょ」というラインが、はまります。

B:あのバース一つとっても、そこに込められていることはオレ自身のことなんだよ。でも「今の時代がそれをそうさせない」というか。

●好きに解釈して欲しい。

B:好きに使って、コスッて、サンプリングして、ループして欲しいって感じだね。

●今回のプロデューサー陣、中でも2曲やられているのは、KAZZ-Kさんと、INGENIOUS DJ MAKINOさん。

B:その2人も、他のみんなも、すごい職人だよ。

●皆さん、どんな基準で選ばれたんですか?

B:基本的にはここ18年のマイク稼業の間に出会って、友達になって、ビートをつくってて、それがファットで、という人だよね。割とみんな、超ベテランよ。みんな東京なわけじゃないし、それぞれの街にライブで呼ばれた時に出会ってリンクして、という感じの人たちだね。

●特に印象的なエピソードは?

B:INGENIOUS DJ MAKINOは小倉に住んでる人間なんだけど、小倉はある意味、あの時代のシカゴに近いというか、なかなかハードな街に住んでて、同い歳で。彼がオレにビートをくれたのは3、4年前。それからずっとオレはライブ活動してて、彼はこの日が来るのを待っててくれて。そういう人たちが多い。長い時間の中で、「やっとできたね」って人がいっぱいいる。
 DJ YASは、2000年初頭にレコーディングして、その時オレはギャラをもらってなくて、「いつかビートで返してよ」って言ってて。だから今回、YASに電話して「いつかの約束覚えてる?」って言ったら、「もちろん覚えてるよ」。「ビート、用意するよ」って、結構みんなそういう、仁義だね。
 だからここに、金で買い叩いたトラックは一つもない。この18年間ヒップホップやってきて、オレなりに、こんなどうしようもなく調子のいいチャランポランなやつなんだけど、それでもなんとか誠実にやろうとして生きてきた。色んな人を傷つけもしたし、怒らせも、モメたりもしたけど、それでもこれだけの人達と一緒にアルバムをつくるところまでこれた。ありがたい。

●先ほど『illmatic』の話がありました。今回の作品には確かに90年代、あの時代の手触りがある気がしました。そういう音を希望したわけではない?

B:実際オレもその時代のヒップホップが入り口だし、それに対してブルーハーブでのO.N.Oのトラックっていうのは、そこから飛躍したことによって個性的なものが、突然変異的に生まれたという。

●ブルーハーブの音は必ずしもあの頃の音ではないですね。

B:全然違う。むしろ「そこから自由になろうとした結果できちゃった」というのが、正直なところ。

●DJ YASさん、KRUSHさんのトラックが、あまりの“ドープシット”でした。このタイミング、この機会でこれを出してくるのかと。あれは、いくつかの中から選んだのか、ピンポイントであれだったのか。

B:YASもKRUSHさんも、ほぼあの一個だったね。オレが先にリリックを送って、その上で送ってくれて「これでいきましょう」って。

●フィーチャリングのラッパー陣は?

B:ビートメイカーと同じで、この稼業の中で出会って深めてきた友達というか、歳も全然違うんだけど、オレが「友人だ」と思ってる人だよね。みんな、長年世話になった、それぞれの地元に招いてくれた人たちであり、B.I.G. JOEにいたっては同じ札幌で20年以上だし。YOU(THE ROCK★)だけは、またちょっと違ってね。

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