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THA BLUE HERB ILL-BOSSTINO

●絶妙な予備演習を野音直前のタイミングで目の当たりにするという、引きの強さも感じます。

B:でも、その京都大作戦と野音で、どうやら「BOSSが行ったから雨になったんじゃねえか」って話になっちゃってるくらい。雨男だったことなんかないのに、まさかの(笑)。

●活動20年で野音を当てた上に、一緒に台風まで引っ張ってきた(笑)。

B:僕らのような自主制作のグループが札幌から野音まで行けるということも、20年前の自分を思えば奇跡みたいな未来です。自分で応募したのが当たったのも奇跡だし、まさか台風に邪魔されるとは思わなかったけど、そこは「やらなきゃダメだ」と思っちゃいましたね。

●一番そもそもの「野音でやろう」という案は、どこから?

B:それは一昨年、武道館での横山健さんのライブにSLANGが出るというので、観に行ったんです。札幌の先輩なので、みんなで「応援に行こう」って。
 その後スタッフと居酒屋で呑んでて「BOSSもどうなの、武道館やろうよ」みたいな話になった時、「いきなり武道館はないでしょ」という話から「順番的には野音じゃね?」となって、そこで初めて「野音」という言葉が出た。
 それで「20周年じゃん」となって「やろうよ」、「応募しよう」って、4月から応募し始めました。だから最初はただの居酒屋トークで、まあ、いつだってそうなんですが(笑)。

●ということは、野音の次には武道館が見えてきている?

B:いや、2月に武道館でのブラフマンを観ちゃってるんで。そしてその時も、去年10月に群馬の山人音楽祭を見ている時も思ったんですが、はっきり言って、やっぱり俺等の野音は「20周年のご祝儀」でやらせてもらったんだなと。

●どういうことですか?

B:要するに、ヒット曲が出てガンガン乗ってて野音でやるというよりは、20周年で「何とかここまで辿り着いたよ、オレたち」。だから「昔聴いてた奴も含めて、みんな来てくれよ」と言って、やらせてもらったんです。
 そんなことは2回はできない。だからやっぱり、もっといい曲書いて、自分たちの勢いをもう一回加速させて、武道館とかはそういう延長上にあるんだと思います。
 「30周年になりました!」、「皆さんのおかげです!」、「野音に続いて来てください」というのは今回やらせてもらったので、次は実力というか、たくさん曲書いて、現行の必然として武道館に辿り着けるようにならないと。
 それは「この場所はそういう風にやる方がかっこいい」というか、もっともっといい曲を書いて挑むという、そういう気持ちです。

●「いい曲」というのは、どういう意味ですか?

B:チャートに入るって意味じゃない、とにかく「いい曲」ですね。僕とO.N.O的にはまだまだ上がってきてる感じはあるので、このままいけば、もっといい曲を書けます。

●プロモーションの仕方、流通の仕方を変えるようなことは考えない?

B:考えないですね。今だに「いい曲を書けば届く、広がっていく」と信じているんで。

●ブルーハーブのやり方は、一昔前の大レーベルが業界を仕切っている時代より、現代になるほどある意味先駆けというか、むしろ、より機能する土壌ができてきたように感じます。

B:初期の、テープを東京に送り続けていたようなモチベーションは20年間変わらないです。でも今は地方にいながらインターネットがあるし、自分たちでPVを撮ったりジャケつくったりは当たり前にみんなやってるから、それは「時代が追いつく」というより、みんなが気付いたんだと思います。
 もちろん、レコード会社の人たちと自分のセンスや未来を完全に共有できるのならそうするべきだし、現にそうやってるアーティストもたくさんいる。
 でも、何も持っていない連中が、自分の仲間たちと一緒に楽しみながらやっていく道を行こうとするのなら、おのずと僕らみたいなやり方になると思います。
 僕は昨日名古屋、一昨日は京都、その前は大阪で、自分でポスターとフライヤーを撒きに行ったんですね。スーツケースに詰め込んで、仲間に道案内してもらって、服屋さんや飲み屋さん、いつもの店も初めての店もアタックして、挨拶して渡してきたんです。
 すると、どこに行っても驚かれるんですよ。アーティストが一人で「え、本人ですか?」みたいな。そうなんだけど、僕は札幌で22、3の時に自分でパーティをやった時から、ずっとそれをやっています。札幌でも今だに自分でポスターを撒くし、結局それが自分の仕事として、一番の根幹の部分なんですよね。世の中がインターネットになろうが何しようが、それだけはやめないというか。
 (DJ)DYEには福岡と広島、岡山と神戸をまわってもらって、行けないところはこの20年間で知り合った仲間たちに送って、北見や青森や宇都宮や金沢や高知や佐世保や沖縄でもそうして、全部自分でコントロールしてやるわけです。
 そこまでやってる奴は、やっぱりいないんだよね。
 みんな自分の音楽を広げたがっていろいろやるし、世の中に対して広まらない不満も言うし、自分の不遇を嘆いたりするんだけど、そこまでやって広がらなかったら僕だって諦めます。そこまでやれば、チャートはいかなくても届けたいところに届くし、「ブルーハーブってマジなんだな」ということは伝わるわけです。だってわざわざ、「こんにちは」って頭下げに来るんだから。
 だから「そこまでやってから言えよ」という話ですよね。「つくるだけの楽しさだけじゃないよ」という、お客に知ってもらうためにどうするかというのは、「ツイッターとかフェイスブックだけではないよ」というか。もちろん僕もSNSは使いますが、ライブも含めて直接足を運んで行かないと「お客さんは信用してくれないよ」という、そこは変わってないですね。

●そのやり方を続けてきている中で、地方と中央の関係性はどう見えていますか?

B:だいたい札幌の先輩方がすご過ぎるんで、東京のDJとか音楽をやってる人たちを追うよりも、札幌の先輩たちがかける曲とかを追いかけているので一生懸命です。札幌のダンスフロアでは年齢もまだ中くらいなので。
 だから僕にとっては札幌が中央で、東京もNYもどこも地方という感じですね。

●ただそれは、他のあらゆる地方には当てはまらない話かもしれません。

B:僕は本当にそう思って、「どこにいたってできるよ、関係ないよ」ということを20年間し続けているし、ある意味体現し続けてきました。しかもそれを戦略的にやっているわけではないし、むしろ「それしかやり方がなかった」という話です。
 でも、実際に思うことはあります。
 例えば、札幌でも「東京に出て行かなきゃ」、「東京で流通させなきゃ」という風に考えている人はいるし、オレだってそうは言いながら東京でライブが一番多いし、たぶんCDだって東京で一番売れています。とても大きなマーケットであることは確かなんだけど、自分は函館の郊外から札幌に出て行って、サイズ感がしっくりきて、いい先輩に出会えて、誇りを持てて、やれている。でもずっと田舎にいる人間が、そこから「何かを発信する」ってなった時に、どうすべきか「とても難しいだろう」と思うよね。

●BOSSさんは自分を「田舎者」と呼びますが、その言葉の定義も難しいと思います。

B:難しいよね。

●いろいろな土地を動き続けて、自分の見聞を広げながら活動していると、住んでいるところ、行くところが田舎と呼ばれる場所であろうが、関係なくなってくるというか。

B:だから都会と田舎、地方と中央みたいな対比自体が、もうこの時代には無理だし、そんなことで人間を序列にはめられないよね。

●そうして、ある意味時代が追いついてきて、ブルーハーブはよりのびのびと活動できているような気がします。

B:かもしれません。そこに囚われない人間の方が、国内における分け方から自由になるのがとても簡単で、だってそれはヨーロッパの人間なんて国境は普通に超えていくわけで、今はそういう方が自然なんだと思います。

●BOSSさんはなぜそうなれたんでしょう?

B:それはたぶん、東京で生まれ育ってないからかもしれない。東京で育ってたらそれだけでいろいろなものがあるし、東京がすでに一つの国みたいなもんだし、「この街でどう上がっていくか」ということを考えて時間を使っていると、あっという間に人生が終わっちゃうと思う。
 僕は外から東京を一つの大きなマーケットとして見ていて、それは沖縄や福岡、どこだって大切なマーケットであって、あくまでも東京はそのうちの一つで、逆にそこに囚われないでこれたのかなと思います。

●それにしても、野音を終えて抜け殻になってみたいなことは、まったくないんですね。

B:まったくない(笑)。もう、次のアルバムを書いてます。だって、次で一気に飛躍したいから。

●枯れないモチベーションの源泉はどこなんでしょう?

B:でも今、今日現在は野音のDVDのプロモーションで来ていて、4月11日まではほとんど「野音のDVDをどうするか」ということで生きているわけですよ。だから「書いてる」といっても具体的な曲は一曲もないし、思っていることをメモってるだけで、大したことはない。この状態から今まで書いてきたパンチラインが出てくるかと言えば、ほぼ出てきません。
 それは4月11日以降に旅したり、札幌でみんなと会ったり、そうやって蓄積されていくものだから。

●言葉やアイディアの、スランプ的なことはない?

B:確かに最初の頃は不安になったりもしました。でも、もう20年間この仕事をできているので「大丈夫だろうな」と思っています。今の目標は「いいアルバムをつくる」という、それしか考えてないですね。

●そして今後も3時間のライブをやり続ける?

B:だって、矢沢永吉さんとかまだがっつりやってるから。まだ46だもん、大丈夫でしょう、全然。
 それは日本のヒップホップの歴史でいったら年上にとられるかもしれないけど、長い表現の歴史で見たら超ガキだから(笑)。「今が一番いい時だ」って思ってやってるし、3時間のライブなんか、これからだって余裕でできる、そう思ってます。


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