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VPレコーズ40年の軌跡

80年代末〜90年代初頭のデジタル・ダンスホールの初期、日本に入ってくるレゲエのアルバムは、アメリカのRAS、ハートビート、VPや、イギリスのグリーンスリーヴス、ジェットスター、そしてチャームといったレーベルのものが中心。それ以外だとジャミーズやスーパーパワーのものは割と入ってきていた印象もある。それでも今の品揃えに比べればまだまだで、先に書いたようにヒット曲は12インチで入手することはできたけれど、買い逃すと再入荷はあまりなく、ジャマイカでヒットしているらしいと話題の曲でもなかなか聴けないことも多かった。そんなときにお世話になったのがヒット曲のコンピレーション。英ジェットスターは、80年代から『レゲエ・ヒッツ』というシリーズを出していた。ジャマイカのヒット曲に混ざり、イギリスのローカルヒットも多く収録されていたから、イギリスのシーンを知りたい人にとっては貴重な情報源だったけれど、ジャマイカ好きにとっては物足りないという人も多かった。アナログ盤に曲数を詰め込むのでカッティング・レベルが低く、音質的に物足りなさもあった。同じ時期、イギリスのヴァージンから『Massive』というシリーズもリリースされていた。このシリーズはアナログ2枚組でイギリスのヒットが混ざっているのは『レゲエ・ヒッツ』と同様だったが音質的には『レゲエ・ヒッツ』より上だった。このようなコンピレーションなども交えながら聴きたい音を求めていた時代。もしVPがなければ、ここ日本でのレゲエ・ライフは貧しいものになっていたはずだ。すべてを把握していたわけではないけれど、VPの名がレコードになくてもVPの流通を通じて入ってきたレコードは相当数に登っていたはず。割と入手しやすかったはずの英グリーンスリーヴズの作品の中にもVP Distribution(VPによる流通)のシールが貼られたものも多く入ってきていたし。VPがなければ日本のレゲエ・ファンは今のようには育たなかっただろう。日本のレゲエ・シーンへのVPの貢献は大きい。

90年代に入ると、状況はだいぶ変わり、ジャマイカの7インチがダイレクトに日本に入ってくるようになった。アルバムは、欧米のレーベルにライセンスされたレコードやCDで聴くというのが標準で、その中でもVPは最もチェックしなければならないレーベルだった。しかし、当時のVPはジャケットのデザインがダサかったりして、洗練されていなかった。同じ内容のものがイギリスからも出ると、そちらの方を手にすることが多かったのも事実。しかし、90年代の半ばに入るとVPの仕事ぶりは飛躍的に向上していく。それはレーベルとしての実務がヴィンセントとパットの創業世代からクリストファーとランディ・ジュニアという若い世代に移ったのが大きい。この時期、VPは『ストリクトリー・ザ・ベスト』と『レゲエ・ゴールド』というヒット曲コンピレーションをスタートさせている。シングルでのリリースが多く、ヒット曲をなかなかおさえることができないという層に対してこのようなベスト盤の提供はとても有効だった。先に書いたジェットスターの『レゲエ・ヒッツ』シリーズも同様の役割を果たしていたわけだが、90年代に入ってからのVPは、取扱いレーベルの数は群を抜くようになり、数多くのレーベルの楽曲から選ばれたベスト盤の選曲レベルも必然的に高く、他の追随を許さなくなった。余談だが、90年代初頭までは世界最大のレゲエ・ディストリビューターと言われたジェットスターだが、今では買収されその名前はない。

さて話を戻そう。90年代に入るとヒップホップのマーケットはますます大きくなる。それに呼応するかのようにシャバ・ランクスやスーパー・キャットなどのダンスホールDJたちも続々とアメリカの大手レコード会社と契約し、ダンスホール・レゲエのマーケットは飛躍的に拡大する。その後もブジュ・バントン、ビーニマン、シャギー,ケイプルトン…と続き、マーケットが拡大していく中、VPはベレス・ハモンドやレディ・ソウなどと専属契約を結び、ライセンスした作品を出すだけではなく、自ら作品を生み出すレコード会社となった。この時期にVPが出版会社を設立して、権利関係を自社でコントロールするようにしたのは、将来のことを考えてもとても大きなことだった。この時期にこの態勢を整えていたからこそ、2000年代に入ってからのショーン・ポールやウェイン・ワンダーの全米、いや世界的なヒットに貢献し、それにより財政的な基盤を確固たるものにすることに繋がった。他のレゲエ・レーベルがCDやレコードが売れず不振に陥る中、VPは権利ビジネスを構築し、配信時代にもすばやく対応。2008年にイギリスの名門レゲエ・レーベル、グリーンスリーヴスを買収したのも権利強化の一環だ。

我々の音楽の楽しみ方が多様化していることからもおわかりの通り、今、音楽ビジネスの環境は激変している。レゲエという音楽ひとつ見ても、ジャマイカを中心にアメリカ、カナダやヨーロッパそして日本にコアなレゲエ・マーケットがあって…というのは過去の時代。イギリス以外のヨーロッパや、ここ数年でのアフリカにおけるレゲエ市場は無視できないどころか驚くべき規模になっている。アフリカでのレゲエの拡大はスマートホンの普及と大きくリンクしているが、スマホで聴ける、購入できるレゲエのプラットホームを率先して整備してきたのこそVPだ。VPもニューヨークを本拠地に、マイアミ、ジャマイカ、ロンドン、ブラジルに拠点を置き、そして日本やアフリカの提携企業と連携しながら、激変する音楽ビジネスの中にあって、常に「Miles Ahead in Reggae Music」な姿勢で挑戦し続けている。今やVPなしにレゲエのビジネスは成立しないし、VPを無視してレゲエの現在は見渡せない。40年間、変化を恐れず環境の変化に対応し続けてきたVPだからこそ、これからの動向にますます目が離せない。

創業者のヴィンセントはマイアミに居を移した後の2003年に他界。パットはニューヨークで健在だ。


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