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今が、全盛期。初セルフタイトルアルバム、そして2枚組『THA BLUE HERB』 ILL-BOSSTINO

●乱暴な言い方ですが、「THA BLUE HERBは、ブレずにここまで来た」ということだと思います。そこで逆に、ここはやりながら学んで、自分を修正した的なことはありますか?

B:どうだろうね、まだ47歳だからね。全然未完成ですよ。酔って、ペラペラわかったようなことを喋って、自分が言っちゃったことを後から「どういう風に思ったかな」って、そんなこともいくらでもあります。まだまだ未完成なやつで、でも、ヒップホップというものがあるから。
 ヒップホップって実は割とルール、マナーがあるじゃないですか。それがあるから、オレみたいなやつでも「ちゃんとしよう」と思えてるのかもしれない。
 だってヒップホップって、そういう奴ばかりじゃん?社会の法律とか、常識とかにかまってないような奴ばっかりいる。そういう奴らが集まって、もちろん「自分のスタイルを誇る」ってことが大事なことだから。ヒップホップのおかげでみんなギリギリ破綻の手前で保ってるというか。そのおかげで、なんとか人並みにこの社会にも居場所がある気がする。

●ラップを続けて、このまま普通に還暦くらいいってしまいそうですね。

B:何も考えてないけど、やるでしょうね。でも、全然わからないな。まだ未来のことは想像していないし、「そうありたい」とは思うけど。考えてないよ、現役なんで。

●そして遂にタイトルに『THA BLUE HERB』とつくわけですが、これはそのブルーハーブの歴史の中における規定路線でしたか?

B: ここまできたら、このタイトル以外思い浮かばなかったね。

●3.11を受けての『TOTAL』があり、初のソロ、嵐の野音を経て、そこに辿り着いた?

B:なってるでしょうね。なってないことは絶対ありえないけど、でも何というか「ここまでやっと来た」というフィーリングは野音で終わってるんですよ。
 なんかもう、今もう、僕ら、これからなんで。
 今、心技体がめっちゃ充実してるんですよ。それは本当にバッチリ、今までで一番。それにヒップホップそのものも盛り上がってて、聴く人もたくさんいるし、プレイヤーも多いし、それはある意味僕の中で、日本のヒップホップとしては一番いい時代なんですよ。
 90年代のような、メジャーレーベルがどうとかじゃなくて、今は本当にみんながいろいろな価値観を持っていて、地方や地元にいて。あの時は東京のメジャーレーベルと契約した人たちだけが大きなお金を動かしてる時代だったんだけど、今は沖縄だろうが北海道だろうが、どこにいようが、みんな地元で好きなことをやれているわけです。ある意味、僕らが90年代にやろうとしていたことがスタンダードになって、みんな好きにやれている。
 そして、インターネットもあるし、お客さんもそれぞれで楽しめている。
 だから僕らにとっては、今がヒップホップ的に一番面白い時代で、さらには僕らの心技体が一番揃ってるんです。「THA BLUE HERBという奴ら、知ってる?」みたいな、一番フリダシにいるみたいな気持ちなんですよね。僕らのキャリアや、ここまでやってきたことというのは、ある意味野音で一つケジメつけちゃってるんで、そんなのもういいというか。
 その時、じゃあ「今からどうする?」となって、この2枚組で、「思いつきの16小節じゃねえから。考えて、考えて、考え抜いたヒップホップだから」。
 そういうものを一番最初に、そして1番最後に提示するのがオレらなんです。これはオレらの最終到達点じゃないんですよ。ここがスタートでしかない。
 だからこれから先、これを聴いた人が「2枚組でここまでつくる」、「アートフォームとして完成させる」、「パッケージングして残す」ということに意義を見出して欲しい。これは16小節を携帯で撮ってYouTube、SNSとかで一瞬で拡散させて、でも翌日には消えていて、また新しいものが出てくるってアートフォームじゃねえ。
 ずっと残るもの。はっきり言ってホワイト・アルバムだよ。
 そういうようなものを、例えば60年代、70年代から続く音楽の流れの中で、遠藤ミチロウさんだって(忌野)清志郎さんだってそこにいる中で「今、こういうやつがヒップホップでいるんだよ」っていう、そういう系譜ですよ。僕らが生きているタームというのは。
 そういう中で「残す作品」となった時に、タイトルは『THA BLUE HERB』しかないと思ったんですよね。

●地元に残り、そこから発信することで注目を向けさせたというやり方は、ブルーハーブが一番早かったと認識しています。

B:結果的にはね。オレらの場合は、それしかやり方がなかったから。

●社会はこれから、中央集権から分散された、地域の時代となっていきます。その先駆けだったということも言えるわけですが、どう捉えてますか?

B:それは、音楽に関して言えばインターネットがあるからそうなっただけで、やっぱりネットがなかったらできなかったと思う。僕らがずっとただ札幌に引っ込んでて、「こういう奴らいるぜ」っていうのは、口コミだけでは絶対ここまで広がらなかった。
 やっぱりネットがあるからみんなと繋がれるし、お客さんとも直接レコード会社とかマネージメントとか介さないで話せるし、自分の思ってることはすぐ伝えられる。それは僕たちだけでなく、誰でも。
 僕たちはたまたまそれにハマっただけで、逆に97年当時「やっていくぞ!」という時にネットがなかったら、ここまで来れてたかと言えば、わからない。

●そこは、先ほどから言っている、野音をやれば嵐が来るし、2枚組には令和がついてくるし、今回のリリックにあった「全部運だし、全部実力だし」ということかと思います。

B:ラッキーでしたね。今となっては、ラッキーだったとしか言えないです。そこは、「機会をつくれた」という意味で。

●「売れたか売れないかと言えば、売れた」というリリックもありました。たられば質問は好きではないですが、もしこれまでミリオンセラーとか大ヒットを出していたら、今と同じモチベーションはあったと思いますか?

B: わからない。これは曲でも言ってるけど、やっぱり「『辿り着きたい』と思ってる状態」が一番いいんだよね。だから、あえて自分をそこに置いているっていうのはすごくあると思う。
 「売れたい」っていうのは、今でも思ってるよ。実は未だに、「今度こそ売れるだろう」って思ってる。だからそこはそのまま喋るし、毎回「今度こそいくっしょ!」みたいな。
 「今度こそみんな気づくべ」、「今度こそ売れるべ」って。ずっと、それはファーストシングルから今回のアルバムまで、制作後の帰り道で、いつも言ってる。もう、それは笑い話にすらなってる。
ただ、「メイクマネー」ってことには変わらないです。
 金を稼ぐことを「いいこと」と捉えない考え方ってあるじゃないですか。清貧思想じゃないけど、そういう人たちもいて、「それよりも大切なものがある」という主張も理解は出来る。けど、僕たちは両方持っているというか。
それは長く続けることは勿論、録音するにしても、自主制作だと稼がないとやりたいことが出来ない、それだけです。
 これは、他人様の金でいろいろやってもらって、テメエで汗かかねえで、テメエでフライヤーも撒かねえで、人の金でデカイ冠つくってもらって、そこに出てって、それに乗っかって「金を稼ぐ」っていうのとは、違う。言っておくけど、それとこれとは、全然違う。
同じメイクマネーでも、企業に金出してもらってる連中のメイクマネーとはレベルが違うってこと。

●これまでのアルバムよりも、厳しめの言葉が多いような感覚もありました。それは、これまでもちょいちょいあったとはいえ、例えば「羊の群れ」とか「監獄みたいな国だから」とか。

B: 今回は2枚組だからね。一つのトピックに対して深くなっていくというか、それは日本の政治に対してもそうだけど、これまでは一つのテーマを、ワンバースとかの中に詰めるけど、腰を落ち着けて一つのテーマに対してがっつりつくれたのは、やっぱり2枚組だったからだと思うんです。

●フリダシに戻ったというか、2枚組を出した後の予定は?

B:またライブっすね。
 さっきの止まってた車輪の話じゃないけど、ライブの方の車輪は一年半止めてたので、DJ DYEと2人で押す作業があります。そしてそれをまたトップスピードに持って行ったら、シノギが始まります。制作は今やっと落ち着いてきてるんで。
 これは本当に、僕は今から続く全盛期の、一番若い状態なんで。だから、これからですよ。一番いいのは、

●込められているメッセージも、何というか、ご自分を鼓舞するために言ってるのかなという気もしました。

B:かもしれないですね。これからライブをやっていくので、そうなると自分が唱え続けると、やっぱりもっと自分のものになっていくわけで。これを唱えながら、日本中をまわっていくわけだから。
 聴く人間が好きにとってくれればいいんです。

●オリンピックは楽しみにしていますか?

B: 全然よくわからないですね。「いつだっけ?」みたいな感じで、もう来年なんだっけ。あんまり、こう、みんなが盛り上がると「別にいいかな」と思っちゃう性格だから(笑)。

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