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「スタラグ」「ダブル・バレル」の作曲者アンセル・コリンズ


Interview by Tommy Far East and Shizuo “EC” Ishii

アンセル・コリンズ来日決定! 彼が1960年代から成し遂げて来たことは、長いジャマイカ音楽史の中でも光輝く特級ダイヤモンドのようなものだ。時としてアンセルの功績は、彼の控えめで温厚な性格によって過小評価されてしまう。だが今一度、きっちり検証してみよう。

1971年、デイヴ & アンセル・コリンズの「Double Barrel」はイギリスで1位となりBBCの人気番組Top of The Popsに出演。アンセル・コリンズの「STALAG 17」は、74年に最初にリリースされてから最もリメイクされたレゲエ・トラックと言われる。シスター・ナンシー「Bam Bam」(1,700万回再生)やチャカデマス&プライヤーズの同名異曲「Bam Bam」(860万回再生)と「Murder She Wrote」(4,300万回再生)の2曲のリズム同様に「STALAG 17」リズムのリメイクである。テナー・ソウの「Ring The Alarm」も同「STALAG 17」であり、YouTubeの再生回数330万回を数える。これ以外にもiTunesで「STALAG」と検索するだけで50曲くらいは見つかるレゲエ史を代表する大定番リディムなのだ。

これらの曲は、レゲエ界だけでなく今でもヒップホップDJなどが普通にプレイするモンスターチューンでさえある。さらに言えばパブリック・エネミー初期の大ヒット曲「Don’t Believe The Hype」のトラックにさえも影響を与えたグレート・リディムでもある。

そして聞けば聞くほどリー“スクラッチ”ペリーやウインストン・ライリーという二人のビッグ・プロデューサーとの関係も興味深い。もっと表舞台に存在すべき人物がアンセル。

歴史を作ったレジェンドが、またひとりやって来るのだ。若干15歳でプロデビューし、世界一ソフトなシンガーでありキーボーディストである“ジャマイカン・ミュージックの生きる証人”アンセル・コリンズ。

●久しぶりだね!ちょっとインタヴューするよ。まずは生まれと音楽キャリアのスタートから教えて?

Ansel Collins(以下、A): 生まれたのはキングストン、1949年4月16日生まれの70歳だ。音楽キャリアというよりは、1961年にRJRラジオのオーディション番組のヴェレ・ジョンズ・オポチュニティ・アワーにシンガーとして出たけど、まだ12歳のキッズだったからうまくいかなかったね(笑)。

●その時のことを教えて!  他に誰か有名になる人が出演していたとか?

A: う〜ん、よく覚えてないね、ウインストン・フランシスがいたかもね。でも1964年にコクソンのスタジオで最初はボビー・エイトキンのバンドThe Carib Beatsにシンガーとして参加して「Kiss Bam Bam(El Bam Bam)」をレコーディングしたんだ。(注:1966年にインスト曲としてコクソン・ドッドのMusic Cityレーベルからリリース)
僕がThe Carib Beatsのシンガーだったけど、シンシア・リチャーズ(「El Bam Bam」B面がシンシアの歌「How Could I」)が歌うときやドラムのウインストン・グレナンがいない時は俺がドラムを叩いていたんだ。

●その後独学でキーボードに転向したそうですが?きっかけは?

A:Carib Beatsで活動していたときにキーボーディストがたまに来ないときがあって、リーダーのボビー・エイトキンから練習してくれとリクエストされてレコーディングをするようになったんだ。
もともと自分は歌を歌えて楽器もできるアーティストを目指していたからいいきっかけだったよ。

●その後のR.H.T. Invinciblesというバンドはアンセルのバンドですよね? R.H.T.って何の略なんですか?

A:レインボー、ヒーリング、テンプルだよ、ははは。ドラムにスライ・ダンバー、それにロイド・パークス、今はアイリーFMの人気DJのGTテイラーがMCで在籍していて、年上の俺がバンドリーダーだった。そしてプロとしてレコーディングセッションを始め、アメリカのナイトクラブもツアーした。

●では、Anselの最初のレコードは「Night Doctor」でいいの?

A:そう、キーボーディストとして最初のレコーディングだった。同じ日に他にも何曲か録ったんだ。当時はまだ15歳くらいのガキだったからお金もなくてアセテート盤だけカットした。最終的には、その「Night Doctor」をリー・ペリーのところから出してもらうことになったけどね。

●ええっ? あれはリー・ペリーの曲じゃないんだ。彼は、アンセルにとってどんな人物ですか?覚えている印象的なことは?

A: 本当にすごい人物だ。そして彼は僕の事を本当に気に入ってくれていた。だからジ・アップセッターズの2枚のアルバム『The Upsetter』と『Return Of Django』が1969年にUK Trojanからリリースされるとき3〜4曲をリー・ペリーに渡したんだ。
それがジ・アップセッターズ名義の「Night Doctor」と「Man From M.I.5」だよ。他には『The Upsetter』に入ってる「Thunderball」って曲はリディムをLee Perryに渡して、彼がヴァル・ベネットのサックスを入れたんだ。

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