• OVERHEAT MUSIC

Gary Panter

●つい最近もレコーディングしてたね?

G:Live SkullというバンドのMark Cが所有しているレコーディング・スタジオに行ったりしてるよ。そこはSonic Youthたちが使ったりしてるんだけど、僕らもそこでレコーディングしてるんだ。でも僕らはみんなが一度散らばってしまったから、新しいレコードを作ろうとしたらあと2年くらいはかかるね。デヴィンはLAと東京、ギターのロスはNY、それに今は若い20代のヒッピーの子が加わってるんだ。彼は非凡な才能を持ったライトショウの若手でサイケデリック・ミュージシャンでもある。Worthlessのカーティス・ゴディーノで調べてみてよ。

●60年代のフィルモア・イーストで伝説のライトショーをやってたアーティスト、ジョシュア・ホワイトとのショウについて聞かせて下さい。(Fillmore Eastは、NY市マンハッタンのイースト・ヴィレッジの2番街と東6丁目の交差点近くにあった故ビル・グラハム所有のコンサート会場)

G:ジョシュアはたぶん75歳くらいなのかな?さっき話した僕たちのバンドにいるカーティス・ゴディーノって若いやつ、彼がフロリダの高校生だった頃にジョシュアとコミュニケーションを取り始めて、彼にライトショウに関する質問をしたら、ジョシュアは全てに対して答えてくれたそうだよ。カーティスはフロリダからNYへ出て来てブルックリンでライトショウを始めたんだ。それはとても良いライトショウで、それがジョシュアの興味を引いたらしくジョシュアがカーティスを引き抜いてね。そして今はそのカーティスは、僕の生徒としてアートスクールでカートゥーニングのレッスンを受けている。
僕のライトショウは小さなものでジョシュアとも友達になったし、彼の60年代スタイルのライトショウの手伝いもしたよ。その時はジョシュアがディレクターをやって、僕はほぼ見ていた感じだね(笑)。座ってできるヴィジュアル的なものをやったぐらいで、言って見ればバンド・メンバーの一人みたいな感じだったね。だけどもう10年以上続いていて、たまには大きなショウもあってテリー・ライリーやルー・リードなどのとても興味深い人達ともワシントンDCの大きなギャラリーやNYでもやったよ。それはフルサイズのライトショウなんだ。ジョシュアは今アナログでライトショウをやっている人達のFacebookの“Psychedelic Light Show Preservation Society” というページで管理人のひとりをしている。
アナログのライトショウというのはオイルと水とライトを使った手法の結晶みたいなもので、コンピュータはあまり使っていない。だから僕たちはその手法を維持してアートフォームに発展させる。
世界のあるグループはその点にすごく興味を持ってくれて、オーバーヘッド・プロジェクターを使ったオイルと水やマイラーを使うリキッドライトの方法を、、、ね。でも僕はもっとアホらしいことをやってるよ。なんとかクールなライトショウには見えてるけど、僕の小さなライトショウはフラッシュライトだけで、クリスマス・ライトやマイラーでやってるから小さいんだ。でもジョシュアのは巨大だよ。つい数週間前にジョシュアはロサンゼルスの新しい巨大なビルにメタリカの為のライトショーをやったと思うよ。だから今のカーティスはジョシュアのライトショウにとって重要になってきてエキサイティングだったと思うよ。だから今の僕はそれほど重要じゃないよ。少しだけ手伝っているけど単にメンバーの一人としてだね、僕が光るものを持ってそれにライトを当ててもらってそれをスクリーンに照らしているんだ。それでゴー・ホームだよ。

●ゲイリーといえば、昔からモンスターやちょっと怖い絵を描いているけど、あれはどんなきっかけから?

G:ウ~ン、それはね、2歳の時に僕たち家族はトレーラーハウスに住んでいたんだ。あれはハロウィーンの時だった。ハロウィーン・パーティに出かけたらマスクを被った2人のキッズが僕に向かって走って来たんだ。ひとりはデビル、もう一人は海賊のスカルだった。僕はマスクってものをその時に初めて見たから死ぬほどビックリしたんだ。母は、僕がその後からモンスターに取り憑かれたって言ってたよ。その2歳の時に変な事件がいくつか起きたんだ。シンク(大きな水桶)で溺れたり。
それと恐竜にとても興味を持つようになっていて、父が地質学者のトレーラーハウスに連れていってくれたんだ。彼は僕がすごく興味をそそられる化石を持っていて、それをドローイングするようになり、恐竜に関しても学ぶことが出来たんだ。他のことに関しては全く頭に入らなかった。ひょっとしたら僕はパターン化したものしか興味を持たないアスペルガー症候群か何かだったのかもしれない。国語や数学は全然駄目だったし読むことすらもね。だからいつもトラブルが絶えなかった。
だけど恐竜に関してだけは名前でも何でも記憶できたしスペルも書けた。そんな感じでモンスターを描いていたんだよ(笑)。5年生の時に大きな本にみんなに沢山モンスターを描いてもらって、それをみんなで見てたら先生が来て取り上げて焼いちゃったんだ。まあ、素晴らしい学校だったぜ (笑)。
それからカレッジに行くようになって初めて気づいたのが、子供の時に興味があったものが“今でも好きだ”ってこと。そして恐竜を描いていても良いんだってこともね。

●もし、あなたが影響を受けたアーティストがいるとしたら、それは誰ですか?

G:それは現在でも、昔から好きな人に影響されることが多いね。イギリスのポップアーティストのエドゥアルド・パオロッツィ。イギリスのポップアーティストの中に好きな人が多いけど、でも世界中のポップアーティストというべきかな。ピーター・サウルはもう80代だけどまだ元気だしね。若い時に知ったのは横尾忠則。それと名前こそ知らなかったけど雑誌で小さい写真を見ていた田名網敬一は、最後にECが日本へ呼んでくれた時に彼の本を発見して凄い巨匠なんだって分かったんだ。
だから僕のヒーローは沢山いるよ。アイデアが常に変化していくアーティストが好きだね。だから僕も常に変化していくように今もトライしている。でもほとんどがヒッピーものなんだけど、わっはっは。

●代表作の一つと言ってもいい有名な“JIMBO”はどのようにして生まれましたか?

G:カレッジに通っていた頃にコミックの描き方を学んだんだ。もちろん子供の頃から毎日毎日ドローイングをしていたから、子供の頃に自分でコミックを何冊も作ったけど、本気で取り組んだことはなかったんだ。コミックというのはものすごくエネルギーが必要だからね。
ある日、顔だけを無数に描いていてあのJIMBOにいきついたんだ。その時僕の中で何かが引っかかった。何処からとかなぜっていうのは分からない。単に僕が作り出したものが人格みたいなものをもって、それがアメリカのわんぱくなカートゥーン・キャラクター「Dennis the Menace(わんぱくデニス)」のようになって、40〜50年代のボクシング・コミックの「Joe Palooka」にも似てきて、それは僕が一番好きというわけではないけどね。さらにちょっと僕のお兄にも似てきて、そばかすもアップルパイもアメリカ国旗のアイデアもアメリカのお決まりの感じだね。だからある意味ではとても典型的なキャラクターかなとは思うよ。
Jimboについて考察すると彼は常にしっかりしていて、やさぐれているなんてことはない。パンクロッカーの中には「全部破壊してやる!! 俺はパンクロッカーだ」みたいなやつがいたりするけどJimboは物事を冷静に思慮深く考えてサバイブしていこうとしている。
実は数年前にJimboの続編をスタートさせたけどまだ終わっていないんだ。80ページくらいの本にしたくて、今はまだ60ページくらいかな。だからあと最低でも30ページはアイデアが必要だな。そして僕が歳を取るにつれて僕のカートゥーンに感情が入るようになってきたのも事実なんだ。今まで堅苦しいカートゥーンを沢山やってきたからね。今はもっと抽象的なカートゥーンなんだ、、ふふふ、、笑っちゃうけど花とか蝶とかが多くなったね。
女の子の知り合いがいてその子達に向けてコミックを数年前から描いてるんだ。それはJimboのファンが対象じゃなくて、とてもエモーショナルなコミックで、女の子達を楽しませる為に何年もやっていてそれをとても楽しみながらやっているんだ。




僕があなたの有名なキャラクターであるRozz-Toxのペインティングを初めて見たのはメルローズ(LA)のCity Cafeでやっていたあなたの展覧会でした。1980年だったはずです。僕は驚嘆して、店のマダムにあなたの電話番号を教えてもらい電話して会いに行きました。Rozz-Toxはフランク・ザッパのジャケットにも使われているし、TシャツにいたってはフィリップK.ディックが愛用していました。僕も見に行きましたが、あれはシカゴにあるピカソの巨大なスカルプチャーからインスパイヤーされたものですよね。あれをモチーフに思いついたのはどうして?

G:僕が早い時期にやっていた多くのことは決まったやり方などなかった。多くはミックスさせたもので、これに何かを加えることができるだろうかとか、ジャック・カービーのスーパーヒーローを集めてデイヴィッド・ホックニーのポップアートと融合させるみたいなね。
僕はピカソのファンだし、彼は20世紀の大御所アーティストだ。あれはピカソじゃなきゃダメだったし、ピカソに敬意を表したかったんだ。シカゴはブルースの街だからピカソを使ってジェームズ・ブラウンがやっていそうなポンパドール(女性は前髪をアップに、男性は前髪をオールバックにする髪形) にしてみたんだ。でも僕が思うにあのスカルプチャーは、彼の奥さんだったフランソワーズ・ジローと彼女の飼っていた犬をミックスさせたものだったと思う。なぜなら彼女は鼻の長い美しい犬を飼っていたと思う。ピカソはジョークで奥さんと犬をミックスさせたんだと思う。だから僕はピカソとジェームズ・ブラウンをミックスしたんだ。

●Garyにとってアートとは何ですか?

G:ポエム的な構成というのかな。それは静寂でなければならず、可能であれば人生観の沈黙で、身体であり、あなたが知っている全て、、まあアートによって違うんだが、あるアートは一つのことをやろうとして、他のアートは違うことをしようとする。でも僕がペインティングに注ぎ込もうとしているのは、僕の知るペインティングの全て、ペインティングの歴史、個人の生活、全てのパラドックスの存在、だからそれらを返さないといけないんだ。ペインティングはなんて言うか、世界を振り返るとでもいう感じかな。だからポエトリーに近いよね。多くは沈黙みたいな感じなんだ。だから陶器を作っていてとてもクールだなと思うことが一つある。ペインティングのことを考えると僕の心の中はエゴと歴史でいっぱいになるんだ。だがろくろで陶器を作る時はその材料に集中する必要があるんだ。中心を保っていないとできないし、そこに会話は無い。
ペイントしている時の僕の頭の中には沢山の会話があるけど、陶器をやっている時は静かになれる。ちょっと前にカレッジで“瞑想と歌のアクティビティ”に参加して、僕の頭の中に静かな時間を見つける助けにはなったので、いつでもそこに行けるけどたまに行けない時もある。ご存知の通り僕は話すことが大好きだからね(笑)。
それとアートは進化の助けにもなると思う。僕たち人間がもっと良くなる様に、もっと賢くなる様に、酷くならない様にしている。

●それとこのインタヴューは(雑誌版)26ページぐらいにするつもりだよ。

G:オー、EC!! 僕のことを全く諦めないやつだね! 僕は自分の人生にとってとても適切な量の注目を受けたと思うよ。だからとても感謝している。
僕はキース・へリングになる必要はなかった。

Gary Panter グッズは
http://overheat.shop-pro.jp


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