• OVERHEAT MUSIC

田我流
B級映画のように2


●リリックの「教育は国を動かすエンジン」という言葉や、過去のインタビューでの坂口安吾や太宰治に言及と、ある意味真面目な側面も見受けられます。

D:これはじいちゃんが教えてくれた、すごく感謝してることで、本を読むのが好きなんです。家は親があんまり仲良くなくて、親の殴り合いとかにうんざりして「冗談じゃねえ」ってすれたりする部分で、じいちゃんはたぶん「そういう環境の中で育つこいつには趣味を与えた方がいい」って思ったんだと思うんです。それで読書と釣りを教わった。一番最初に「これ読んでみろ」ってヘミングウェイの「老人と海」を買ってくれて、釣りの道具も、最近はセットで売ってるけど本当は全部バラバラで、針は針で買って、糸は糸で「こっからここの糸と、ここの糸違うんだよ」って。「釣りに行く前の日は竿を磨け!」みたいなことまで教わって、そういうこだわりも含め、「自分で考えて、楽しみを見つけろよ」的なじいちゃんだったんです。まあ親も、おかんがロック好きとかはあったんですが

●お爺様が「生きるのが面白い世界」に導いてくれた。

D:「なんでオレ音楽なんか始めたんだろう?」って己のルーツについて考えると、たぶんそういう下地があって、それが音楽と出会った時に爆発したんです。

●昨年3・11の震災と原発事故以降、フィールできる音楽がなくなってしまったと仰っています。それでもフィールできた音楽は?

D:例えば、昔の日本のアングラ・フォークとかでしょうか。あと染みてきたのは忌野清志郎さんとか、岡林信康さんとかもヤバかったし、それこそオレが「教訓」をカバーした加川良さんとか。他にはレゲエで、三木道三さんの昔のやつとか無茶苦茶響いてきて「うわ、オレ何もやってなかったな」という自分へのムカつきもあって。

●それは音楽との向き合い方の部分で?

D:3月11日以降の社会が、あまりに偽善的過ぎました。「頑張れ」とか「絆」とか、ふざけんじゃねえって、なんかそう思っちゃったんですよね。社会と世の流れに全然フィールできなくて、今までOKだったことが、それは社会が平和だったからOKだったってことに気付かされた。「あ、平和だからこんなに真似とかでよかったんだ。オレら、その程度だったんだ」って、気付いてしまって。

●それにしてもカバーした「教訓」は、「青くなって 尻込みしなさい 逃げなさい 隠れなさい」と、深い想いの込められた曲だと思います。

D:今の時代の雰囲気にすげえ似てるなと思って。要するに、「今まで信じていたものが一気に崩れ去った」みたいなことが、戦後の状況にある意味似ているんじゃないかって。いろいろ考えて、それこそノイズやフリー・ジャズとか聴いてる時にアングラ・フォークとかも聴いていて、すごく好きだったんです。フッとそれを思い出して掘り起こしたら、当時自分と同い歳くらいの人が、要は全共闘とか学生運動だったりとかをやっていた。そういう人たちの言葉を「オレ、ちゃんと聴いてなかったな」と思ったんです。それがオレの先祖の人たちが音楽で闘った、たぶん一番初めの歴史なんじゃないかって。実際に死んじゃった人もいて、今までちゃんと認識してなかったけど「やっぱ先輩方、マジ半端じゃねえ」みたいな。そんな素晴らしい歌詞、自分なんか全然至らないけど、「オレがあの歌をカバーすることで何か変わるかもな」って思ったんです。

●そして、山本太郎氏のことはリスペクト?

D:オレは別にあの人が反原発だからリスペクトって言ってるわけじゃないんです。3・11で何かに気付いて行動を起こし、あれだけいろいろ批判があっていろんな人を敵にまわしながら、「自分の生き方を貫いた」ことにリスペクトなんですよね。オレも原発がなくなった方がいいと思うけど、今から原発なくすためには解体しなくちゃいけない。それには原発のことを知らなきゃいけないから、つまり原発を肯定しなきゃいけない。「こういう風に無くしていきましょう」って、今反対するだけよりももっと難しいことをオレたちはやらくちゃいけないんです。それがオレにはすごくネックで、「今あなたたちがやろうとしていることは、今後何十年もずっと言い続けなくてはいけないことで、それを一時的に国がどうなったとかって、誰かのせいにするべきじゃない」と思うんですね。本当にやらなきゃいけないのは「じゃあ、どうするんですか?」ということを考えること。だから「その『どうするんですか?』って部分が一番大切なんですよ」って、オレはそれを声を大にして言いたい。反原発の人たちが集まって何かをやるっていうのもすごく大切ですが、その人たちが日常生活の中でこなせることをきっちり、忍耐力を持ってこなしていってもらいたいというのが、オレの原発に対する意見です。

●そしてアルバムにはECDさんが参加されています。ECDさんの何を見て、どうしてオファーをされたんですか?

D:それは「これにはECDさんに絶対参加してもらいたい」ってパーンッて浮かんで、その日のうちに行動を起こしたみたいな感じでした。オレは「絶対いける!」と思って、サビでデモの「言うこときくよな奴らじゃないぞ」を引用してバーッて書いちゃって。原発賛成、反対どうこうより、自分の意見をはっきり言える、持ってる人。オレ的にはそれが間違ってようが間違ってなかろうが関係ないんです。そんなのは神様が決めることであって、そいつの人生、生き方がどうとかとか、オレたち人間が決めることじゃない。つまり、自分の意見を胸張って言える人間にオレの曲の中に入ってもらいたかったんですね。そしてそれを考えた時にECDさんがベストでした。自分の考えがあって、しかもECDさんはオレよりも20歳以上離れている。そういう方と同じ曲の中で一緒にやれるっていうことが、それだけヒップホップの歴史も長くなったということもあるし、「2つの意見がその中に入ることが一番大切だな」と思って。

●そのヒップホップにはやはり、栄光が似合う?

D:それは音楽で、ステージの上でバーンッていって、ガーンッてきめて、グワーッとなって。実は別にヒップホップじゃなくてもいいんです(笑)。ロックだろうがレゲエだろうが、みんなステージの上で、音楽には栄光が似合うんですよ。ただ、これは永遠に終わらない闘いで、闘ってること自体が栄光なんじゃないかなって思います。


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