• OVERHEAT MUSIC

ZURA from ARUZ STUDIO MUZIQ


Text by Keitaro Kitano 北野啓太郎

関西レゲエ・シーン第2弾!!日本屈指のレゲエの街・大阪を、スタジオ・オーナーとして15年間に渡り支え続けて来たAruz Studio Muziq。その主宰者であるZura氏が見つめる、大阪レゲエの熱源とは?

●ずっと大阪で活動されてますが、Aruz Studio Muziqの設立はいつですか?

Zura(以下Z):1998年。今年でちょうど15周年なんです。

●何故スタジオを始めたのですか?15年前だと珍しい選択ですよね。

Z:元々はサウンドだったんです。Under Lineというクルーを結成したのが、1990年代中頃のサウンド群雄割拠時代。活動して行くうちに上質なダブ・プレートを求めるようになりました。「他人のスタジオだとリリックへのこだわり等、わがままが言いにくい。これは自分でスタジオをやるしかない!」と思い立ったのが、Aruz Studio設立のきっかけです。と言っても、最初は自宅スタジオからのスタートで、1998年に大阪の心斎橋で本格的にスタジオをオープンさせました。

●どんなスタジオなんですか?

Z:最初はダブ・プレートが目的のスタジオだったので、サウンドマンのたまり場でした。毎日誰かが来ていましたね。ただ、現在のスタジオは曲作りがメインになっています。リズム・トラックの制作、録音、そしてミックス・ダウン。ボクがプロデュースする曲だけでなく、全国から色んなプロデューサーが本録り用のスタジオとして利用しに来てくれます。今も隣で某プロデューサーがDizzleの録音をやっていますよ。その代わりダブ・プレートは減りましたね。宅録(ハウス・レコーディング)のレベルが上がったんで、サウンドマンは自分たちで録る人が増えました。みんなが良い感じにステップ・アップしていると思います。

●リズム・トラックの制作スタイルについて教えてください。

Z:ビートが好きなので、基本そこから打って行きます。とはいえメロディーから広げて行く事もあるし、ストリートな音楽なのでルールにはこだわっていません。

●全て打ち込みですか?

Z:生楽器も入れますよ。作ったドラム音をループさせならが、それに合わせて自分でベースやギターを弾いています。

●楽器も演奏されるんですね!ZuraさんがReggaeに辿り着くまでの音楽遍歴を教えてください。

Z:中学・高校時代はバンドをやってたんです。布袋寅泰が好きでBOØWYのコピーもやっていましたね。当時、自分はギターだったので、今でもやっぱりギターは弾きたくなるんです。そして高校を出てからは、Hip Hopに飛び込みました。Snoop DoggやDr.Dreなどウェスト・サイドを良く聴いていて、Snoop Doggが来日した時には、大阪公演で前座のDJをさせてもらえる程まで頑張っていたんです。だけどそんな頃、レコ屋のフライヤー置き場で、ボクが住んでいる2つ隣の駅にあるバーのフライヤーを見かけました。裏を見ると『バイト募集』の文字。「ここでウェスト・サイドHip Hopを広めたんねん!」と勇んで入ったのですが、そこには先にレゲエ・サウンドHacnamatadaのメンバーであるSoraさん達が働いていて、逆にReggaeにヤラれてしまいました。笑

●偶然というか、人生わかんないですね。

Z:だから、Soraさんはボクの師匠なんです。Reggaeを最初に教えてくれた人なんで、今でも頭は上がらないですよ。厳しかったし、何度も怒られました。

●そこからレゲエ・サウンドUnder Lineを結成したんですね。

Z:そうです。2000年頃までの活動だったのですが、その間にクラッシュも2、3回出たんですよ!広島にも行きましたし、大阪ではRYO the SKYWALKER企画の「24時間レゲエ」というイベントがSt.Ann’sというクラブで行われて、その中に盛り込まれていたサウンド・クラッシュにも出場しました。

●曲作りにおいて、こだわりはありますか?

Z:細かいことをいえば、MICの配線にアナログ機材を経由させるなど、音の取り込み方を気にしています。例えば、音楽制作ソフトLogic Pro 9で作ったリズム・トラックを、そのままデジタル・データとして別のソフトPro Toolsへ張るよりも、一旦ミキサーを通して入れ込んだ方が、音圧的にグッと来るんです。近年のスタジオ環境はめまぐるしく変化しているので、アタマを柔らかくして時代に添うのが、今の自分のこだわりかも知れないです。

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