• OVERHEAT MUSIC

Tha Blue Herb ILL-BOSSTINO(#1)

●まあ当事者たち以外は誰にも分からないよね。

B:誰もわからないっす。

●あまりにうまくやってる。

B:もし二年前に起きなかったら、まだ俺らも気付いてなかったかもしれないことかもしれないですよ本当に。

●そうだね。

B:まぁどっちにしろ情緒的には原発はやっぱないでしょっていうか、そう意識は持ってましたけどね。

●また原発入っちゃうからこのくらいにしておこうか。

B:いや全然、石井さんの好きにしてください、全然大丈夫です、どこでもいくよ俺は。

●OK、で、まあさ、この間のLiveですごい嬉しかったんだけど、今まで見たRAPのショウの中では確かに言葉が一番聞き取れたよ。

B:本当っすか。

●それは、ひとつの目的としてやってるわけだからね。

B:本当っすね、それ、基本ですよ。

●でも本人を前にして言うのも、まあちょっと嫌だけど、、、、カミサンと二人でクルマの中でリリックを聞いてて、花粉症になっちゃったんだ(笑)。カミサンもハンカチで涙拭いてて。

B:ありがとうございます、嬉しいです、いや本当にHip HopとかBLUE HERBとかっていうものの完全にコアじゃない人にも花粉症になってもらえるような音楽作っていかないとどうしようもないですもんね。

●正直、RAPのCDで泣いたのは初めてだよ(笑)。では1MC、1DJ にものすごくこだわってるわけじゃない、どうしてですか?

B:昔は割と楽器入れたり、ボーカル入れたりだとか、もう何でもありっていうか、セッションも沢山やるし、飛び入りもやるし、フリースタイルもやるし、ジャムもやるし、みたいな事がすごい好きだったんですよ。それこそ90年代から2000年代の頭までとかはそういう事ばっかりやってた頃で、そこでもうその限界は見たかな。もう果てしなくどこまでもいける事はわかっちゃったっていうか、今度はだからそうじゃなくて一番小さい単位でやりたい、すごい大人数で一つのものを目指すよりも、一番少ない人数で最大を目指したいっていうか、全てコントロールしたいってのが強くなりましたね。だから今は1MC、1DJでやってるけど、実はPAさんもいて照明さんもいるっていう、実際俺とDJとPAと照明の4人でやってるっていう感覚が凄く強くて、だからボーカルのエフェクトもコンマ何秒の世界を突き詰めたりとか、照明も僕の言葉とのタイミングの合わせ方というのも、大人数じゃとても詰められないようなレベルの話を4人でしてるというか、その質を求めていったら自然と自分がコントロールできないものというか、偶然待ちの部分はどんどんどんどん削ぎ落としていった感覚が強いですね。最後に残ったのがこの単位というか、そういう感じですね。

●で、BLUE HERBっていうグループだから当然トラック・メーカーにこだわっているというのは分かるんだけど、俺は曲によっては違うトラックで聴きたいとかね。これ悪口でも何でもなくて、個人の好みって百通りも千通りもあるってことで言わせてもらうと、アルバムの場合でね、違うトラックでも聴きたいなってのもあるんだよね。

B:ライブでは半分以上は全部変えてますからね、トラックに関しては。レゲエのトラックも入れたりだとか、その部分は遊びの部分というか、割と好きにやってるっていう感覚はあるんですけどね。

●なるほど、あと札幌にこだわってるわけですよね、それをもう一度教えてください。

B:そうですね、やっぱまあ先輩が多いからですかね、札幌がいいのは石井さんと喋っても本当同じ感覚になるけど、やっぱり先輩が元気で音楽に携わってる人が多いから、そういう人がいると41〜2で多少東京でLiveができても天狗にならないですみますね。お金だとか、Liveで沢山人が入ってくれたとかっていうのは、結局そんなのは一時的に過ぎないんだってのを常に思ってるというか、僕もこれくらいになったなんてとても思わない雰囲気っていうのが札幌の音楽の世界にちゃんとあるんです。上の先輩達がすごい知識と経験でいるんで、やっぱそういう人がいると謙虚になれていいっすよね。「ちわっす」、「お疲れさまです」みたいな、そういう感じですね。もう俺、41だから日本中どこに行っても呼んでくれてる人も殆どの場合は俺より年下だし、箱のオーナーも俺より年下の事が多いし、言っちゃえば一晩の中で会う人全員が俺より年下かもってことの方がほとんどじゃないですか。やっぱそういうとこにいると、時々俺と同い年のやつらとか来るじゃないですか。もちろんその箱じゃ一番年上っすわ。そしたらそいつとかも「なんかもう若いのばかりでつまんないんすよ、俺ね41になって久々に現場出てきたけどさあ」みたいなことをほざくんだけど、馬鹿かお前みたいな、俺はそういう事があったらみんなの前でがっつり言うんだけど、勘違いすんなよって。たかが41なんてまだ始まったばっかりだろみたいな、こっから楽しいんだぜみたいな、でもそこのやつらは大体が何の事言われてるのか全然わからない顔をするんですよね「え?」みたいな、やっぱそこの段階で根本的に俺とは違う。それが俺にとっての最大の強み、札幌という街の。飯がうまいとか気候がいいとか、そんな事はどの街もいいっすわ、はっきり言って。住めば本当どこもいいし、47(都道府県)行ったけど全部いい、どの街も。何が一番違うか?、音楽の道において先に進んでる先輩が沢山いるかいないかっていう、そこが決定的に違う、それが最高っす。

●ちょうど41歳のサックスプレーヤー(巽朗)をデビューさせます(笑)。

B:いいっすね、いやあ、いいですね。

●Determinationsっていうバンドにいたやつで。

B:はいはいはい。

●たしか2000年くらいにアルバム出したから、13年くらいの付き合い。

B:東京のバンドなんですかDeterminationsって。

●いやぁ大阪のバンドでした。当時BOSSのインタヴューをエレキングかな?何かで読んだら「俺たちを観たけりゃ札幌に来い」みたいなことを言ってたよね。

B:ああ、はい。

●それをちょうど読んで、あれっ?俺も同じようなこと考えてるぞと。10人くらいのスカバンドを東京になんか有り得ないじゃない。だから、見たけりゃ行けばいいやっていう風には思ってたけど、こいつら札幌かよって。すごいなと思って、東京のやつらも大阪までは行くけど、すげえなこいつは生意気だなって思ったよ。

B:ハッハッハ(笑)、本当、生意気ですよ本当。

●そう、でその中の一人がちょうど4月にデビューで、本人から発売のコメントがきて「41歳の新人です」って書いてあった。

B:じゃあタメっすね。いいっすね、何歳からでも始められるんですよ。俺ももう41だけど実際レコード、ディールっていうか自分でレーベル作って始めたのが27〜8なんですよね、実際音楽で全部借金返し終わって飯が食えるようになったのは30くらいなんですよね、実際のとこ。やっぱ30くらいまではやるかやらないか、続けるか続けられないかっていうとギリギリで、靴下なんて穴あいていたりとかさ、ボロボロのスウェット着て、毎日500円くらいで飯食うみたいなそういう生活してたやつは、はっきり言うけど金のありがたみの感覚が全然違う。だから今21〜2でRAPとか、ディール持ってやってるような奴等とはそこが全然違うっていうか、一回のLive、ギャラの重さ、そのギャラには何人分のチケットのお金が入っていて、お店はどれくらい持ってって、飛行機とか経費抜いたら実はオーガナイザーにはどれくらいしか入らなくてっていうのが全部わかっちゃうから、それで貰えるお金っていうのは重いです。だから自ずと昨日みたいなLiveをやろうって気になる。そのバランスをとるにはどうすれば良いかっていうと、お客さんにもちゃんとお礼を言うし、お客を“客”とは絶対呼ばないしみたいな感覚っていうのを自然と学んでいきますよね。だから逆に遅くて良かったなと思います。苦労した時があったから、21〜2でいきなりパンってそれなりになっても、そこを学ぶのって実はすごい難しいというか、やっぱり俺は逆に幸運だったなって思う時はありますよ。

●ちょっと待って、あっそうそう、『LIFE STORY』(07年発売)ってアルバムの9曲目と10曲目がね、サイコウ!「We Must Learn」とその次の「Tenderly」の(“行き着く所は、、、、、、見返りを求めずに与えることだ”と言うリリック)優しさ、あそこがまたすごく良いんだよ。その2曲の繋がりっていうか、でね、こういうリリックを書いてる人に、、、人間ってさ、すごい非情な生き物でしょう?極論で言えば、他人を殺してその肉を食って、所詮は動物でしょ、でそこを分かっていてあれを書けるのがすごいなと思ったんだよ。だからあれ(『LIFE STORY』)を出して、それから3.11があって、今日は2年経って、本当に3月11日。

B:そうなんですよ。

Tha Blue Herb Recordings
http://www.tbhr.co.jp

(以下後半次回に続く)



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