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スケート界のレジェンドカメラマンJ. Grant Brittain

●スケートにこだわって写真を撮って来た理由はなんですか?

G:ただ夢中だっただけだよ。それ以外の事が出来なかったし。もちろん他の写真も撮れるけどね。でも写真を撮らない時でも、僕はコンテストに行ってただコンテストだけを見てることが出来ないんだよ。だからVansのProtec Pool コンテストとかも見に行かないんだ。混みすぎているし写真を撮るのも一苦労だからね。もし見に行けばどうしても写真を撮りたい衝動にかられるし、撮ろうと思ったら人が多すぎて、 iPhoneやiPadで撮影している人だっているし、やってらんないよってなっちゃうからね。特に何の規制もないから、レンズの前を誰かが歩くだろうし良い写真は撮れないよね。
昔はランプの上にいるのは僕がこっち側、反対側にはMOFOぐらいしかフォトグラファーはいなかったんだ。だからコンテストの途中でスポットを交換して同じ写真にならない様にしていたよ。今はそんなことはとてもじゃないけど無理だよね。

●僕は2010年にサンディエゴのSubtext Galleryで行われたあなたとJosh Higginsのアートショウ、「Look」を見に行きましたが、あれはどのような経緯で始まりましたか? Josh Higginsについても詳細を教えて下さい。

G:僕の友達でスケート・フォトグラファーのO(Otis Barthoulameu)を知ってる?Flaphというパンクロック・バンドをサンディエゴでやっていたんだけど、そのFlaphのベーシストがJoshだったんだ。Joshはデザイナーでもあり、AIGA(American Institute Of Graphic Arts)の顧問をしてたこともあって、2003年に僕の写真展を開催しないかと言ってきたんだ。フードもミュージックも揃った素晴らしい個展でTony HawkやフォトグラファーのArt Brewer等の著名人も沢山集まってくれた最高のショウだった。それ以来、彼と仲が良くなり2010年にSubtext Galleryで、あの「Look」を一緒にやることになったんだ。
Joshは自分のシルク・スクリーンを展示したいと言っていて、彼はそこに僕が撮ったスケーターのポートレート・ショウを一緒にやりたいと言ってくれたから二つ返事でOKしたんだよ。そうしたらJoshがアートボードにクリップで写真を飾るアイデアを持ってきて、そのアートボードの端に彼がLOOKのロゴを入れたんだ。あのショウも大成功だったよ。
その後、彼はBarack Obamaキャンペーンのヘッド・デザイナーになって2年間シカゴに移住して、その後はいくつかの会社で働いては数々の賞をもらったりしていたけど、今はfacebookにヘッド・ハンティングされてメイン・デザイナーをしてるよ。

●僕はそのショウで販売されていたTシャツを買いましたよ!

G:あのゴンズ(Mark Gonzales)がバンダナを巻いてるデザインだよね。Joshは本当に良いアーティストでコンセプトに沿った物を作るのがとても上手というかね。当時のゴンズには自分の分身というか、、フェイクの人格がいて、それをChavoと名付けてたんだ。あのデザインもきっとJoshがその事を覚えていて、僕が撮ったゴンズのポートレートの上にバンダナを乗っけたデザインにしたんだと思う。Joshは人間的にもとてもナイスな人だよ。

●写真をこれから撮る若い人たちにアドバイスを。

G:今は本当に競争が激しいよね。 今は展示をする場所も、誌面やネットなどもあるから掲載されるチャンスが増えたかもしれないけど、僕が始めた時は4人しかいなかったからね。今フォトグラファーを目指している人達にはただ諦めないで欲しいと言いたい。特に今のデジタルやインターネット世代の人達は何もかもが速くて、すぐに得られる喜びを求めているから諦めるのも早い。たまにキッズがいきなり「どれくらい稼げる様になりますか?」と質問してきたりするけど僕は「カメラを持ってるか?」と聞き返すね。彼らは学ぼうとしてないんだ。彼らは結果をすぐに求めている。カメラも持ってるよ、スケーターも撮ったよ、これを雑誌に掲載して欲しいんだけどって具合にね。それって非現実的だよね。
僕は写真を撮り始めてから2~3年は1セントも稼げなかった。それにやっとお金が貰えた時も、写真1枚がたったの25ドルだったよ。その25ドルを貰うのだって様子を伺いながら電話して請求したもんだよ。現代のキッズは全てを今すぐ欲しいんだ。なぜなら両親が色々と買い与えて働かなくても何でも手に入るんだ。だから今活躍している良いフォトグラファーは時間と労力を費やし努力してきた人たちだよ。
あとは自分自身を鼓舞して突き進んで行く事だよ。Atiba Jeffersonが良い例だよ。彼はコロラドから何度も何度も何度も僕に電話をかけてきては写真を送ってきて、あるとき電話かけてきたと思ったら、「Hey、今度カリフォルニアに行くので誰かの家に泊まれませんか?」って言ってきたんだ。僕はビックリしたけど、たしかTed Newsomeの家に泊まらせてもらって、一度コロラドに帰ってからまた1ヵ月後に現れて「僕は双子の兄弟のAcoとカリフォルニアに引っ越してきました!」ってな具合にね。
AcoはTransworldのアシスタント・アートディレクターになったんだけど、Atibaは僕に電話をかけてきて「セブン・イレブンに履歴書を出したいから推薦状を書いてくれませんか?」って言ってきたんだよ。それで僕は「おいおい、ちょっと待て!」と言ってボスにアシスタントを雇っていいかを聞いてAtibaを雇ったんだ。
そうして彼はビデオ部門の立ち上げを手伝ってくれて、何人かの周りの友達を撮り始めたと思ったら突然Eric Kostonを撮り始めて、そこからはもう凄かったよ。彼からはNoと言う答えは聞いた事がない。いつも自分をプッシュしてるよ。そしてどんどん上達して今は世界的に認められたフォトグラファーの一人となった。NBAのバスケットボール・プレーヤーからセレブリティーまで撮ってる。彼は決して諦めなかった。だから僕は諦めないで欲しいと言いたい。だが、同時に簡単ではないということも言っておきたい。むしろとてもハードだ。今はスキルのあるフォトグラファーでもなかなか表に出られない現実もある。
僕は本当にラッキーだった。その場所とその年代にいられたわけだ。今は誰と繋がっているかもとても重要なのかもしれないね。


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