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ECD『FJCD-015』をリリース。

●一人一人が考えさえすれば、おのずと正論が導かれるはず、という。

E:それは「気付いて欲しい」ということだと思うんだけど、そこについては、僕は「気付いている人でやっていくしかない」と思ってる。どちらかというと、「人の心に入り込んで何かを変えよう」とは思ってない。むしろそれを始めると逆に危険な気がしていて、他人の内面は問題にしない。というか、したくない。思っていることは「今、動ける人が動くしかない」ということで、動かない人についてどうこうとは考えていない。

●ECDさんは、1980年代のデビュー曲が「ピコキュリー」という反原発ソングです。今日に至るまでの間、御自身の中で原発に対する考えや姿勢に変化はありましたか?

E:「ピコキュリー」を書いた頃、原発というものに疑問は持っていたけれども、今回みたいなことになるとは思ってなかった。広瀬隆の本なんかを読んで「事故ったらやばい」と言いはするんだけど、そこは世紀末に向かって「ヤバい」とか「怖い」ということを消費している側面もあって。当時まわりの雰囲気はわりとそういう感じだった。「本当に停めよう」ということじゃなく、自分だって、こうやって実際事故が起きてみてそうだったと思うし。

●世界的な潮流の中で、感度高めな人たちが流行的に「ヤバいよね」と言うスタイルだったのが、リアルに事故が起きてしまった。

E:当時は意味は「地震雲」と同じだったから。そういう意味では、ランキン(・タクシー)さんは当時からすごく真面目に訴えていたと思う。しかも、ずっと途切れない。もんじゅのこととかもすごい勉強して、あの落下事故の時もちゃんと曲にしてたし。

●当時からずっと同時代を通過してきたお2人として、シンパシーみたいなものもありますか?

E:もともと僕がラップを始めてなんとなく上手くいかなくて、ランキンさんを観て「レゲエの方が楽そうだな」と思って始めたのが最初なので(笑)。だからシンパシーというか、なんだろうね。最近だって、官邸前とかでもちょこちょこ会うし。

●会話はある?

E:会話っていう会話はしない。昔からそうだけど、ちょっと言葉交わすくらい。もし、ランキンさんがあの辺からいなくなったらすごいがっかりするとは思うけど(笑)、いるのが当り前の人になっちゃってるから。

●ランキンさんもECDさんをそう見られている?

E:ツイッターとかを見てると、そんな感じはする。今は2人とも官邸前にも毎週行ってるわけではなく、でもたまに一緒になると「お、ECDだ」とかってツイートしてくれたり。

●若い世代で、デモを通じて「こんなのが出てきた」と思う存在は?

E:イラク反戦のデモの時は、本当にB-BOYとか全然いなかったし、それを愚痴ったりしたこともあった。それが最近はB-BOYっぽい子も普通にデモにいるし、311以降、その辺はちょっと変わったかな。

●例えば、DELI君もデモにいる印象があります。

E:DELI君とは一回くらい、サウンドカーに一緒に乗ったことがあるくらい。もっと若い子でDJやってる子とかが割とよく来てるし、僕がこの間ラップでフューチャリングさせてもらった粗悪ビーツとか、あの周辺なんかがわりと。

●一人で16枚のアルバムというのは、国内のミュージシャンで新旧ジャンル問わず、自己を投影できると言いますか、どなたかいますか?

E:なんだかんだで、三上寛さんはずっとやってるよね。ずっとCD、音源を出してるし、ライブもやってるし。ギター一本で日本中ライブして回ってて。それで生活が成り立っていて、それを「羨ましい」っていう風に、すごい思ったことはあった。でも、やっぱり(イリシット・)ツボイ君とやるのが面白いし、今はそんなに思わないけど、なかなかヒップホップでそれはね。若い子で結構そうやってる子もいるし、できないことはないけど、三上寛さんがギターを弾いて歌うっていうのとは全然違うというか。自分で音出しながらラップできる画期的な方法がないか、808だけ持って行ってやったり、一応そういうことを模索した時期もあったんだけど、それはそれで面白いんだけど限界もあって。

●一緒に組まれているのがツボイさんというのも、匹敵するものを一人で実現となると、難しい気がします。

E:でも、何らか一人でやるやり方も、60くらいまでには編みだしたいなとか(笑)。

●ご自分では、還暦を過ぎても余裕でやってる、というお気持ち?

E:心配なのは、今も前の歯がボロボロで。明後日に新しいブリッジが入るんだけど、今度それが壊れると入歯になっちゃうって言われてて、入歯はさすがにラッパーには辛い。今のこの状態でもこの間もライブはなんとかできて、でも、レコーディングとかはさすがに。

●歯はなぜ?

E:もともと前歯は色々あって悪くて、差し歯だったのがブリッジになり、それも壊れて、明後日入るのもどれだけ保つか。

●そんなに酷使している?

E:そんなことはないと思うんだけど、一生で悔やむことがあれば、歯の手入れを怠ってしまったという(笑)。これは絶対酒もあると思うし、あとは小学校5、6年の頃にもの凄いプラモデルにはまってた時期があって、当時は普通にシンナーを溶剤で溶かすという、それもかなり利いてるはず。それで最終的にRUN DMCとONYX来日時に黒人にぶん殴られて、折られて、そこからだね。

●アルバムは最終的に何枚くらいになっていくんでしょう?

E:とりあえずは20枚まで出したら考えるかなと。だからまずはあと4枚くらい。

●例えばですが、後世のリスナーが、その頃に揃っているECDさんの全作品を聴くと、時代の流れと共に、一人の男の成長、機材の変化や社会の変容とか、色々なことがみえてくるのではないかと思います。

E:それはどうだろうね(笑)。結構、行き当たりばったりだから。



ECD 『FJCD-015』


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