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ペリー・ヘンゼル


Text by Minako Ikeshiro 池城美菜子

 完璧すぎて、現実だったのか、夢だったのか定かではない「瞬間」が人生にはある。2005年のある午後、私はトレジャー・ビーチの隅から隅までかわいいホテル、ジェイクスの屋外レストランで、ペリー・ヘンゼルと向き合い、彼が監督した『ハーダー・ゼイ・カム』について話を聞いていた。 言わずと知れた、ジャマイカとレゲエを世界に紹介した作品だ。 前日、急に友だちの思いつきで行くことになり、大好きな映画の監督さんに会えただけで舞い上がったのに、「せっかくだから」と言葉のトーンは優しいけれど仕事に関してはスパルタな友だちに促されて、大急ぎでノートに質問を書き出して、インタヴューに臨んだ。本来なら、映画を見直して、アホな質問をしないようにリサーチして、質問を書いて削って順番を考えて流れを決める、という準備に2日間はかけるから、始める前はナーヴァスだった記憶がある。でも、話し始めると、どんどん映画の細部を思い出して、1時間以上、とても調子良くインタヴューを取れた。とても、幸福な時間だった。

 ……と、思ったのはうぬぼれで、うまく行った理由はたった一つ。60才を越してなお、少年みたいにいたずらっぽく笑うペリー・ヘンゼル氏は、切れ者で、話が上手で、こちらの意図をすぐ汲んで何倍にも答えに含蓄を持たせて答えてくれたからだ。そして、この話が会話に紛れ込んだらしく、この一件をしっかり覚えていたRiddim編集部のEC氏から今回の原稿の依頼と相成った。問題は、このテープが見つからないこと。TLCのレフト・アイとアリーヤのテープもないから、まとめてどこかに大事に仕舞い込んでしまったらしい。その代わりに、彼の娘で、ジェイクスを経営しながら『ハーダー・ゼイ・カム』のミュージカルをプロデュースしているジャスティン・ヘンゼルと、彼と親しかった『ジャマイカ?楽園の真実』の監督、ステファニー・ブラックから話を聞いた。

  本編、『ハーダー・ゼイ・カム』については、語り尽くされた感もあるが、一応、未見の読者のためにザックリ説明すると、1972年に公開されたピカレクス(悪漢)映画で、実在の犯罪者をモデルに、田舎から出て来たシンガーを夢見る青年が、キングストンの厳しい現実にぶつかって、究極の方法で自分を売り出すというストーリーだ。すでに人気者だったジミー・クリフが12曲中半分を歌っているサウンド・トラックとともに、ジャマイカの音楽業界や生活風景を世界に知らしめた。クラシックと呼ばれる作品は、立ち戻る度に新しい発見がある。今回、この原稿を書くにあたって見直して、気づいたこと。ジミー・クリフ演じるアイヴァンが有名になるために手段を選ばない姿勢は、人殺しをしないまでも、リアリティ・テレビやインターネットというプラットフォームを与えられたが最後、 才能や作品ではなく、 自分の私生活を切り売りにする今どきのにわかセレブの精神性と五十歩百歩。有名になりたいと願う人たちの一部が誤って通る道だ。初めて見た時は「現実の厳しさに怒りで対抗した青年の話」と解釈したけれど、改めて見るとアイヴァンは、躊躇せずに悪事に手を染め、堅実で地味な生活など全く望んでいない。大体、この映画には、善人がほとんど出て来ない。仲間を裏切らないラスタのペドロが全うなくらいで、あとは私利私欲とフラストレーションの応酬。それでも、作品が暗くならないのは、システムの裏をかこうとするアイヴァンがあっけらかんと明るくて、見る側に感情移入できる余地があるからだろう。

 『ロッカーズ』も大好きだが、映画としては『ハーダー・ゼイ・カム』の方が重層的で深いな、とも今回思った。そして、ひょっとして映画大国日本で、すでに指摘されているかもしれないけれど、『ハーダー・ゼイ・カム』は、ジャマイカのヌーヴェル・バーグだな、とやっと気がついた。「ああ、バーグを引き合いに出すの、面白い偶然かも。私もちょうど手法の件で類似性を考えていたから」。こう答えたのは、ステファニー・ブラックだ。『ジャマイカ?楽園の真実』などを撮ったドキュメンタリー専門の映画監督。「おお、映画業界人はヌーヴェル・バーグを”バーグ”と略すのか、カッコいいな」と内心、思う。スティーヴン・マーリーのヴィデオ編集の合間を縫って、ソーホーのカフェで落ち合ったステファニーは、ほかならぬ「仕事に関してはスパルタ」だったふたりのうちの一人だ。「ペリーとは偶然、知り合ったの。キングストンで撮影をしていたときに、たまたま彼の敷地を借りたのがきっかけ」と話す。ペリーさんは、『ハーダー・ゼイ・カム』を撮る前はCMの撮影を主にしていて、キングストンの広い敷地を購入、撮影の拠点として、結果的にその後のフィルム・メーカーたちをサポートしたという。その、住所が通称になっている「10A」には、いまでもPV監督のラス・カサや、最近はテレビ番組を作っているジェイ・ウィルらが事務所を構えている。何度か遊びに行っているが、そういう背景があるのは知らなかった。ペリーさんは友達であり、メンターでもあったと話すステファニーは、「いつも優しかったけれど、映画のことになると妥協を許さなかったわね。『ジャマイカ?楽園の真実』を作ったときも、「敵はどこだ。敵を入れないと意味ないじゃないか」ってIMF(国際通貨基金)のインタヴューを取るまで納得してくれなかった」と付け加えた。ペリー・ヘンゼルは、ジャマイカ人らしい訛りのある英語を話すイギリス系の白人だ。物腰がおっとりしているし、1950年代、恵まれた育ちのフランス人が自由に才能を尖らせたヌーヴェル・バーグとの共通項があるのかな、と思ったのだが、「そこまで恵まれていたとは思わない。『ハーダー・ゼイ・カム』も低予算で撮っているでしょ」とステファニー(注:実際の出自は名家)。必ずしも職業俳優を雇わず、ドキュメンタリー的な手法が得意で、短いシーンとエピソードを重ねるやり方は共通している。ステファニーは「市場のシーンを撮ることになったら、市場のセットを作ったりしないで、役者を市場に連れて行くタイプよね」と続ける。彼は、生涯でもう一本、映画を撮っている。『ハーダー・ゼイ・カム』の数年後に撮影し、資金繰りがうまく行かなかったため、まだ陽の目を見ていない『ノー・プレース・ライク・ホーム』だ。 70年代、撮影隊のひとりとしてジャマイカを訪れたアメリカ人の女性が、困難に遭いながらジャマイカを知るストーリー。ドキュメンタリー・タッチのロード・ムーヴィーだという。撮影は終了しているので、新しく監督をつけて編集し直したら、上映される可能性が高いそうだ。あなたがやればいいのに、と振ったら、「何かしら手伝うつもりだけれど、ペリーと年齢が近い人がまとめるべきだと思う」とステファニー。ペリーさんは、その後、小説家に転向。一作目の『パワーゲーム』には、ボブ・マーリーをモデルにしたスーパースターも出て来るとのことで、早速アマゾンで注文。「『ハーダー・ゼイ・カム』については、家族に聞いた方がいい」と言われたので、娘のジャスティンさんに短いメール・インタヴューを試みた。以下、そのやり取りだ。

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